慶大ら,低温X線回折で細胞を非侵襲・高分解能イメージング

慶應義塾大学(慶大)と東京理科大学(理科大)の研究グループは,コヒーレントX線回折イメージングをバクテリア葉緑体丸ごとの構造解析に適用し,内部構造を70nmの解像度で明らかにすることに成功した(ニュースリリース)。

細胞観察における光学顕微鏡や電子顕微鏡の弱点を補い,相補的な構造情報を提供可能なイメージング手法としてX線回折イメージング(Coherent X-ray Diffraction Imaging: CXDI)が2000 年ごろに提案されている。

CXDI法は短波長X線の高い透過性等によって,μmサイズの生体粒子の内部を機能状態の構造を維持したまま数十nmの分解能で可視化できると考えられている。

また,10フェムト秒以下と極めて露光時間が短いXFELパルスを利用すると,生体粒子がX線照射による損傷を受ける前の一瞬の構造を投影像として観察することができる。

慶大では,低温試料固定照射装置“壽壱号”とその周辺装置を開発してきた。この装置では,非結晶粒子を高数密度で散布包埋した水和凍結試料をXFELパルスに合わせてスキャンし,十分なX線照射確率を確保しながら回折パターンを得る。

今回,慶大は理科大と共同で,XFEL施設SACLAでの低温CXDI 法により,原始紅藻Cyanidioschyzon merolae(シゾン)から単離した大きさ1μm弱の葉緑体の内部構造を解像度約70nmで可視化した。

一個の葉緑体にXFELを1ショット照射して得られた回折パターンで,その形状を反映した干渉縞が観測されたものに,慶大が独自に開発したアルゴリズムを適用することで,投影像を70nmの分解能で再生し,C字型に分布した高電子密度領域を見出した。

さらに,CXDI実験とは独立に,葉緑体内部のタンパク質分布や光合成時に光アンテナとして働くクロロフィル分子の分布を蛍光顕微鏡により可視化すると,同様のC字型分布を見ることができた。

これら結果から,高電子密度領域は光合成タンパク質が多く存在するチラコイド膜であることと考えられ,シゾンの葉緑体内部ではチラコイド膜がC字状に積層しながら周縁部に分布していると考えられた。

シゾンは水中で浮遊生活する藻類なので,シゾンがどのような向きで漂っても,C字型チラコイド膜構造により,太陽光のエネルギーを効率よく吸収できると考えられるという。

また,生物進化の共生説では,真核生物の細胞内小器官は,他のバクテリアが侵入してできたものと考えられている。今回明らかになったチラコイド膜のC型構造は,最近共同研究チームで解析を開始したシアノバクテリア内のチラコイド膜分布と類似しており,生物進化面からも興味深い構造解析と考えられる。

CXDIによって解明すべき重要な課題の一つに,“生命科学や材料科学において発見あるいは創生されてきたものの中で,結晶化が極めて困難な数百ナノメートル~マイクロメートルの粒子,いわゆる非結晶粒子を対象とした構造解析”がある。研研究グループは,CXDI実験・解析をより広範かつ効率的に実施することで,ナノ科学の発展に貢献するもとしている。

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