東工大,液晶性を活用した有機トランジスタ材料を開発

東京工業大学は,液晶性を付与した高性能な有機トランジスタ材料の開発に成功した(ニュースリリース)。

プリンテッドエレクトロニクスを実現するためには,半導体材料として有機半導体が有力視されている。しかし,トランジスタの信頼性や素子間のばらつきの抑制に不可欠な,均一性に優れた結晶薄膜の作製が困難であること,また,デバイス作製に不可欠な熱プロセスに対する耐熱性が100℃程度と低いという問題点を残していた。また,移動度も3㎠/Vs程度に留まり,実用的に必要なプロセス適性と高移動度を兼ね備えた材料は実現できていなかった。

有機トランジスタに用いる有機半導体材料には,大別すると低分子系材料と高分子系材料がある。低分子系材料は精製が容易で,高品質の結晶を得やすい半面,均一で表面平坦性に優れた結晶薄膜を得ることが困難で,また耐熱性が低いという問題がある。これに対し,高分子系材料は成膜性,耐熱性に優れる半面,結晶性が低く,高い移動度を示す薄膜を得るためには200℃を超える高温での熱処理が必要となる。これらの長所と欠点はトレードオフの関係にあるため,解決が困だった。

研究グループはCRESTの研究課題,「液晶性有機半導体材料の開発」に係わる基礎研究の成果をもとに,液晶性をトランジスタ材料に付与することにより,低分子系材料の課題であった成膜性,耐熱性の改善を実現したばかりでなく,酸化物半導体に匹敵する10㎠/Vsを超える高移動度を実現する高性能な液晶性有機トランジスタ材料「Ph-BTBT-10」を開発した。

開発した物質は,142℃から210℃の温度領域で,結晶相にきわめて近いスメクチックE相を発現する。この液晶相の発現により,結晶膜は温度が上昇して液晶相に転移したとしても,結晶に近い固体様の液晶相のおかげで,膜形状は保持され,温度が下がると再び結晶薄膜に戻るので,耐熱性が確保される。このため,トランジスタを作製後,配線や素子の保護層の形成などに必要な熱処理プロセスに200℃まで耐えることができる。

この材料の溶液を用いて結晶薄膜を作製する際,液晶相温度で製膜することによって,均一で平坦性に優れた液晶薄膜をまず作製し,これを室温まで冷却することによって結晶薄膜を作製すると均一性が高く,分子ステップ・テラス構造が観測されるほど平坦な結晶膜が容易に得られることが分かった。成膜温度の低温化も可能で,溶媒の選択により40℃までの低温化にも成功した。

Ph-BTBT-10で作製した結晶薄膜は120℃,5分程度の短時間の熱処理により,移動度が約1桁向上する。この物質の単結晶のX線構造解析,相転移,熱処理に伴う熱容量特性や原子間力顕微鏡(AFM)による表面形状の観察から熱処理に伴って,単分子層構造から2分子層構造へと結晶構造が変化することが分かった。この移動度の大幅な向上は,結晶構造の変化に伴って分子層内の分子配置が変化し,電荷の移動が改善されたことによるものと考えられる。

またトランジスタ材料としての可能性を実証するために多結晶薄膜を形成し,より実用的な素子構造であるボトムゲート・ボトムコンタクト型トランジスタを作製してその特性を評価した。その結果,一般にすぐれた特性を示すボトムゲート・トップコンタクト型トランジスタに劣らず,ボトムコンタクト型トランジスタにおいても優れたトランジスタ特性を示すばかりでなく,酸化物半導体(IGZO)に匹敵する10㎠/Vsを超える高い移動度を示すことが分かった。

研究グループは今回の成果について,三つの大きな意味があるとしている。一つは,低分子系有機トランジスタ材料の問題点であった耐熱性と成膜性を高い秩序性を有する液晶相を発現させることにより解決したこと。この考え方は,分子構造が異なる他の低分子系トランジスタ材料についても普遍的に成り立ち,材料の一つの基盤技術として材料開発に活かすことができる。

二つ目は,10㎠/Vsを超える高移動度を実用性の高い,作製容易な多結晶薄膜で実現したこと。多結晶膜による高移動度の実現は素子の応用範囲を広げるばかりでなく,素子間のばらつきの大きい単結晶膜を用いる場合に比べて,特性のそろったトランジスタの作製を可能にする。

三つ目は,今回観測された結晶膜の2分子層構造への構造変化に起因する大幅な移動度の向上。これは,従来,高移動度を求めて分子の化学構造の設計に終始するトランジスタ材料開発の取り組みに対し,新しい材料設計の可能性を示したもので,新材料開発の可能性が広がるものとしている。

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