東北大ら,レーザで有機金属を絶縁体に変えることに成功

東北大学,中央大学,岡山理科大学,名古屋大学らのグループは,有機金属中の電子の動きをレーザ光の照射によって凍結,秩序化することに成功した(ニュースリリース)。

固体中の電子を“止める”方法は,30年以上前に提案されていた。金属に電場を印加すれば,電子は加速され,電場の向きを反転させれば電子もそれに追随して向きを変える。しかし,電子が追いつけないほど素早く電場の向きを変え続けると,電子はどちらの方向へ動いたらよいのかわからなくなって,結局止まってしまうと考えられてきた。

電子の動きが追随できないほど素早く電場の向きを変えるためには,1秒間に百~千兆(1014~1015)回のスイッチングが必要となるが,この周波数はちょうど光の振動数に相当する。つまり物質に光を照射すれば電子に高周波数の交流電場をかけることができる。しかし,理論計算によればこうした高周波の電場によって電子を止めるためには,物質の破壊限界をはるかに超える強い光が必要となる。つまり物質を壊さずに電子を止めることなど現実的には不可能だった。

研究では,7fsの短いパルス幅の赤外(中心波長1.7μm)レーザ光を開発した。この波長の光において,7fsという時間は電場の振動のわずか1.5周期しか含まない。また,原子が動く時間スケールよりも短いので,物質が原子の熱振動によって温度が上がったり,原子移動によって物質が壊れる暇もない。この究極の短パルスを用いることによって,試料を壊したり,極端な高温にすることなく極めて大きな電場(10MV/㎠,10メガボルト=一千万ボルト)を印加することが可能になった。

対象とする物質には,二次元有機金属(α-(BEDT-TTF)2I3,BEDT-TTF=ビスエチレンジチオテトラチアフルバレンの略)を用いた。この物質は,典型的な有機金属の1つであり,BEDT-TTF分子とI3分子が層状に積層した電荷移動錯体。BEDT-TTF分子が作るドナー層は金属的な伝導層を形成している。

この物質では,電荷が動ける状態(金属)から電荷が秩序化して動けない状態(絶縁体)への変化が,赤外線領域の大きな反射率の増大によって特徴づけられる。そこで,ポンププローブ分光を用いて,光の照射直後の反射率スペクトルの変化を測定した。

通常,金属に光を照射した瞬間に電子温度の上昇が起こるが,観測されたスペクトルの変化は温度上昇から予想されるものとは全く異なった。励起直後に観測される,反射率の増大は,金属相中に電荷の秩序状態が形成されたことを表している。その状態はわずか40fs秒程度で消滅し,その後,温度の上昇を反映する反射率の変化が見られた。

しかし,金属中の電子が秩序化していることを示すには,反射スぺクトルの変化を見るだけでは十分ではない。研究では,秩序化して動けなくなった電子が,金属状態とは異なる固有の時間軸上の振動を示すことを利用して,電子を止めたことを確認した。

当初,今回用いた光の電場では,電子を完全に止めるためには不十分であり,簡単な計算から電子の動きやすさ(=運動エネルギー)を10%程度減少させる効果しかないことが予想されていた。それにもかかわらず電子が秩序化した理由は,実験に用いた有機金属に特有な理由があるためと考えられるという。

この物質は強相関電子系と呼ばれる物質系に属し,電子間には強いクーロン反発が働いていることが知られている。このクーロン反発のエネルギーは,電子を止めようとする。すなわち,今回,電子の動きやすさを10%減らすだけで電子を止められたのは,この電子相関の力を借りたためと考えることができるという。

注目したいことは,高周波強電場と電子相関の効果が協力的に働くことによって,単に「電子が止まる」というだけでなく,多数の電子が集団として秩序化していること。まさに光によって電子が氷のように凍結したとみなすこともできる。

交流強電場による物質への作用としては,これまでにも,今回の研究で用いた近赤外光よりも周波数の約100倍低いテラヘルツ光によって電子のトンネリングによる絶縁破壊(ツェナー絶縁破壊)など,電場が電子を“駆動”する結果が数多く報告されている。それに対し,高周波の振動電場によって電子の動きを止めるという現象は,これらとは全く逆の現象であり,初めての例だとしている。

今回の光による電子の運動の凍結や秩序化は,高周波強電場の効果と電子相関が協奏的に働いた結果と考えられる。強い光電場(や磁場)によって物質中に形成される状態は,電磁場と物質中の電子が一体になった,フロッケ(光をまとった電子)と呼ばれる現象として最近注目を集めている。

理論的には,このフロッケ状態において,電子間の反発力(斥力)と引力が反転する現象や,電子のバンド構造の反転などの新奇な物理現象が期待されている。これらは,基礎科学として興味深いだけでなく,光誘起超伝導や光誘起強誘電性の発現など,新しい物質制御へとつながるものだが,試料の破壊や温度上昇のために,実験的には実現が困難だった。

今回の研究で実証されたように,位相制御した数フェムト秒の極超短光パルスは,原子の振動が熱として温度を上げる以前に,電子を操作することができるので,このようなフロッケ状態の研究に強力な手法となる。今後,質量の無いディラック電子やトポロジカル絶縁体など,最近注目を集めている他の系の研究にも役立つことが期待される。

また,研究グループは現在,より強度が大きく,よりパルス幅の短い光の開発を行なっている。この新しい光によって,将来,物質の中の多数の電子を止めるだけでなく,好きな方向に動かしたり,並び方を変えたりすることによって,物質の色,電気抵抗,磁性を瞬時,自在にデザインすることが可能になると期待できるとしている。

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