慶大,天の川銀河中心の巨大ブラックホールを周回するガスリングの化学組成を解明

慶應義塾大学の研究チームは,国立天文台野辺山45 m 電波望遠鏡を用いて,天の川銀河中心の巨大ブラックホール周りを回転するガスリング「核周円盤」について詳細な電波分光観測を行ない,その化学組成を初めて明らかにした(ニュースリリース)。

天の川銀河の中心核「いて座A」は,太陽系から約二万七千光年の距離に位置し,太陽の四百万倍もの質量をもつ巨大ブラックホールがあると考えられている。一般に,巨大ブラックホールを含むと考えられる銀河の中心核は非常に明るい(活動銀河核)が,いて座Aは極端に暗くおとなしい。一方で,いて座Aは過去数百年前は現在より数百万倍も明るく活発であった可能性が指摘されている。

いて座Aは,半径約6光年の高温・高密度なリング状のガス雲「核周円盤」に取り囲まれている。この核周円盤は,いて座Aへと供給される物質の貯蔵庫であると同時に,その物理状態・化学組成は,いて座Aの過去の活動を反映していると考えられており,核周円盤の性質を詳しく調べることは,核周円盤自身の起源解明のみならず,中心核巨大ブラックホールの活動性を理解する上で重要である。

しかしながら,核周円盤周辺には大量の星間物質が集中しており,前景および背景の銀河系円盤も視線上に重なるために,観測データから核周円盤のみを抽出する事は著しく困難だった。そのため,核周円盤の物理・化学状態はもとより,実体すら正確に把握できていない。

この核周円盤の性質を詳しく調べるためには,どのような原子・分子が含まれるのかを定量的に調べる必要がある。原子や分子は,それぞれ離散化されたエネルギー状態間の遷移に応じて電磁波を放出し,それらは特有の周波数をもつスペクトル線として観測される。よって,広い周波数帯に渡って天体の分光観測を行ない,検出されたスペクトル線を分析することで,その天体を構成している原子・分子を同定し定量することができる。

このようなスペクトル線の探査を目的とした分光観測のことを「ラインサーベイ観測」という。ラインサーベイ観測は,当該天体の性質を調べることだけではなく,他の様々な天体と比較研究する上でも非常に威力を発揮するが,前述の困難から,銀河系中心の核周円盤や,いて座A方向に対するラインサーベイ観測はこれまで報告例がなかった。

研究チームは,国立天文台野辺山45m電波望遠鏡を用いて核周円盤の接線方向2点,および,いて座A方向の1点に対するラインサーベイ観測を実施した。観測でカバーした周波数帯は81GHzから116GHzで,3つの観測点からそれぞれ高品質な広帯域スペクトルを得た。

これにより,核周円盤には比較的簡単な構造の分子が多く含まれる事が分かった。これは,核周円盤内部が大きな分子の存在できない過酷な環境である事を意味しており,この事は過去の中心核巨大ブラックホールの活動性と密接に関係している可能性がある,

また,この研究で分類された分子輝線を選択的に観測することで,核周円盤および隣接する巨大分子雲の実体をより正確に描くことができる。これによって,巨大ブラックホールを取り巻く銀河系中心環境について新たな知見が得られることが期待できる。

近年の研究によれば,ほぼ全ての銀河の中心核には,巨大ブラックホールが潜んでいると考えられている。そして,中心核を取り囲む核周円盤もまた普遍的に存在していると考えられている。つまり,今回の研究によって得られた銀河系中心の核周円盤に関する知見は,一般の銀河中心核の活動性の理解へ向けた重要な礎石となるものであり,今後の比較研究において大いに活用され得る。

研究グループは今回得られた観測データについて,天の川銀河中心と他の銀河の中心とを比較研究する上でも非常に有用なものであり,今後多くの研究に活用されることが期待されるとしている。

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