京大ら,シリコンを用いたスピントランジスタの室温動作に成功

京都大学の研究グループは,TDK,秋田県産業技術センターのグループと共同で,現在のCMOS(相補型金属酸化膜半導体)トランジスタの抱える技術的限界を突破できる次世代の情報デバイスとも言えるスピンMOSトランジスタ(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスタ)の室温動作に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。

CMOSトランジスタの微細化によって低消費電力化と高速動作を可能としてきたシリコンベースの集積回路は,微細加工の限界に直面しつつある。また,CMOSトランジスタを用いた集積回路は一般に情報が揮発性であり,情報の維持に常に電力が必要であるため,省エネルギーの観点からも課題を抱えている。

そのため,次世代の高度情報化社会の中核を担う新動作原理を有する低消費電力,かつ不揮発記憶機能を備えた革新的情報デバイスの実現が希求されてきた。

そのような革新的デバイスの一つとして,電子の有するスピン自由度を活用したスピンMOSFETがある。特にシリコンを用いたスピンMOSFETは,シリコンがほぼ無尽蔵に自然界に存在し無毒であること,シリコンでは情報伝播に用いるスピン角運動量が比較的長時間保持できることが期待されること,さらに従来のシリコンエレクトロニクスにおける技術面・インフラ面での蓄積がそのまま利用可能であることから,2007年頃から世界中でその実現に向けて活発に研究が進められてきた。

シリコンスピンMOSFETの実現には,シリコン中でスピンの伝導を実現すること,さらにその伝導を外部電場で制御することが必要となる。前者については2011年にn型シリコンで,2013年にはp型シリコンで,それぞれ室温で実現していたが、スピンの伝導が縮退半導体領域のシリコンでしか実現していなかったため,後者の実現が困難であり,新たなチャレンジが求められていた。

そこで研究グループは,シリコンスピン MOSFET デバイスを試作した。スピンが伝導するシリコンチャネルはリン(P)を 1018cm-3ドーピングした非縮退 n 型シリコンを用い,スピン伝導制御に必要なゲート電圧は Back gate 構造によりシリコン基板側から印加した。

シリコン中を伝導させるスピンは磁性体電極である鉄(Fe)から注入した。鉄とシリコンの間にはスピンを効率よくシリコンに注入するために酸化マグネシウム(MgO)を挟んた。両側にあるアルミニウム(Al)電極はスピン伝導を正確に評価するための参照電極としての役割を持つ。

このデバイスについて,室温におけるシリコン中のスピン伝導の検証と磁気抵抗効果の観測を行なった。その結果,室温において非縮退シリコン中での室温スピン伝導を世界で初めて成功したことが確認された。

今回の成果は,従来のエレクトロニクスデバイスが情報処理に用いていた電子の電荷自由度ではなく,スピン自由度を用いた全く新しい,超低消費電力性・不揮発性などを備えた情報処理スキームの実現に大きく前進したことを意味する。

研究グループは,室温において十分大きな磁気抵抗比を得ることとスピンMOSFETを組み合わせた新しい論理システムなどのデモンストレーションが次のマイルストーンになるとしている。さらに,シリコン中のスピン散乱の抑制や更に効率的なゲート電圧印加によるスピン伝導の制御によって,新機能論理システムが実現すれば,現在の情報処理スキームの大変革に繋がると期待している。

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