基生研ら,インドメダカの性決定遺伝子を発見

基礎生物学研究所(基生研)は,新潟大学,国立遺伝学研究所,宇都宮大学,東北大学東北メディカル・メガバンク機構との共同研究により,インドやタイなどに生息するメダカ近縁種「インドメダカ」の性決定遺伝子を発見し,性染色体の多様化をもたらした分子機構の一端を明らかにした(ニュースリリース)。

多くの脊椎動物では,性染色体の構成によってオス・メスが決まる。例えばヒトを含む哺乳類では,XとYの染色体をもつとオスに,XとXをもつとメスになる。このオスに特異的なY染色体には性を決定するSry遺伝子が存在し,この1つの遺伝子の働きによってオスへの分化が始まる。

一方,哺乳類以外の脊椎動物にはSry遺伝子がなく,性染色体も生物種によって異なる。それぞれの性染色体には性決定遺伝子が存在するはずだが,その実体は多くの動物において不明で,進化の過程で新規の性決定遺伝子が生じる仕組みもほとんどわかっていなかった。

研究グループは,インドメダカのX染色体上の14万塩基対の範囲,およびY染色体上の31万塩基対の範囲(SD領域)の隣接した領域にSox3という遺伝子があることを発見した。XXの染色体を持ち本来メスになるはずのインドメダカに,Sox3遺伝子とSD領域を含むY染色体の配列の一部を導入すると,オスに性転換することがわかった。これにより、Y染色体上のSox3およびそのSD領域がオス化に必要であることがわかった。

さらに,Y染色体上のSox3がオス決定に必須であることを確かめるため,ゲノム編集技術を用いてSox3のノックアウト個体を作出した。XYの染色体を持ちオスになるはずのインドメダカのY染色体上のSox3を壊すと,すべてメスに性転換することが明らかになった。Y染色体上のSox3がオス分化に必要かつ十分であったことから,研究グループはSox3がインドメダカのオス決定遺伝子であると結論付けた。

一方で、X染色体上にもSox3遺伝子が存在するが,X染色体上のSox3をノックアウトしても性決定に影響を与えなかった。Sox3は哺乳類の性決定遺伝子Sryと高い相同性をもつ遺伝子で,多くの脊椎動物において脳や神経の細胞で発現することが知られている。

インドメダカのSox3も脳や神経での発現が観察されるが,性決定時期においてXYの染色体をもつ個体でのみ,生殖巣でもSox3が働くことが明らかになりった。さらに,遺伝子導入実験により,Y染色体の発現調節領域であるSDが,性決定時期の生殖巣におけるSox3の一過的な発現を誘導することも明らかになった。

SD領域の塩基配列はX染色体とY染色体の間で大きく異なることから,この領域の塩基配列の違いがXY個体でのみSox3発現を生じさせ,オスの分化を開始させると考えられる。これらの結果は,インドメダカの性決定遺伝子が,Sox3遺伝子座における対立遺伝子の分化によって生じたことを示唆する。つまり,始めは2つの染色体間で働き方が同じであったであろうSox3遺伝子の片方が,少しずつ働き方を変化させることで,オスを決める遺伝子に進化してきたと考えられる。

哺乳類の性決定遺伝子SryはX染色体上のSox3と同じ遺伝子座を共有する対立遺伝子の関係にあったと考えられてきたが,起源が非常に古いため過去の対立遺伝子関係はこれまで不明だった。今回の研究により,実際に対立遺伝子間の機能分化によって新たな性決定遺伝子が生まれることが直接証明された。また,哺乳類において性決定遺伝子Sryを生じさせたと考えられているSox3遺伝子が,メダカ属においても哺乳類とは独立に性決定遺伝子として進化したことが示された。

メダカ属魚類ではこれまでに,メダカのY染色体上に存在するDmy遺伝子,もうひとつはルソンメダカY染色体上のGsdf遺伝子の2つの種でオス決定遺伝子が同定されている。Dmyはメダカでしか見つかっていない遺伝子だが,Gsdfは多くの魚類において精巣で発現することが知られている。インドメダカでは,Y染色体上のSox3遺伝子の指令の下で,生殖巣でのGsdf遺伝子発現がコントロールされていることがわかった。

これらの結果から,Gsdf遺伝子より下流の性決定カスケードは種間で保存されており,Y染色体上のSox3がGsdf遺伝子の発現を活性化するという新たなパスウェイを獲得することによってオス分化を誘導することが示唆された。