東大,合成効率を大幅に改善した反水素原子ビームの生成に成功

東京大学,広島大学,東京理科大学らの研究グループは,欧州の大学・研究機関と共同で欧州原子核研究機構(CERN)において開発してきたカスプトラップ(水素の原料となる反陽子と陽電子を高密度かつ安定に蓄積し,生成した反水素原子をビームとして取り出せる装置)中で反陽子に高周波を加えて陽電子プラズマに混合することで,反水素原子合成反応を長時間にわたって持続させ,その効率を大幅に改善した。さらに,合成領域からカスプトラップ自身による強磁場の影響が無視できる場所まで飛んできた反原子ビームを検出することに成功した。

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最も単純な反原子である反水素原子の性質を精密に測定し,対応する水素原子と比較することで,反物質と物質の間に違いがあるのかという CPT 対称性を検証し,ひいては,なぜ私達の宇宙には反物質が殆ど存在せず,物質優勢なのかという謎の手がかりを得ようと,さまざまな手法が提案され研究が進められている。

研究グループは2010 年12月に,カスプトラップ中での反水素原子大量合成の成功を報告している。しかし,反水素原子を効率よく合成しつつ,合成装置自身の強い磁場の影響の無視できる遠く離れた領域までビームとして引き出す実験手法はこれまで未開発だった。

今回の実験では、アンチヘルムホルツコイルと多重円筒電極群からなるカスプトラップと,真空中に設置された無機結晶シンチレータからなる反水素検出器を用いた。陽電子数と密度を増やすと同時に,高周波を加えることで反陽子の運動を制御し,反陽子と陽電子を“そっと”,しかも長時間混合することを目指した。

その結果,反水素原子の合成効率が大幅に改善。反水素合成反応を百秒以上持続させることに成功した。さらに 2.7m 離れた場所に設置された無機結晶シンチレータに反水素原子が直接ぶつかる際の信号を検出することで,反水素原子をおよそ 80 個検出することにも成功。反水素原子ビーム生成の基本的技術を確立した。

今回の実験の成功により,カスプトラップを用いることで,高精度分光実験に影響を及ぼす不要な電場や磁場のない環境に反原子ビームを引き出し,分光学的研究を進めることが可能であることが示された。今後,基底状態の反水素原子の生成とその運動エネルギーを確認することでマイクロ波分光を開始することができる。

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